【年上彼氏に~乳首責めレッスン】100DL記念 後日談SS「優しさにふるえて」

100DL記念の後日談SSになります。ヒロイン視点の小説です。
ネタバレを含みますので、ご視聴後の閲覧を推奨します。

 

優しさにふるえて

 

まだ明けない夜の外へ、ベランダから顔を出す。
空気の冷たさが肌を刺し、少し身震いする。

その冷たさが何だかかえって気持ちを落ち着かせてくれるようで、私はそのままベランダから外へ出てみた。
朝を迎える準備を始めた街を眼下に眺めながら、ただしばらくぼうっとしていた私の肩をふわりと温かなものが包み込んで、思わず顔を上げる。

「朔太郎さん……」
「おはよう。どうしたの? こんな早朝の寒い時間にベランダなんか出て」
「……」

いつもの優しい笑みで問いかける彼。
おはよう、何でもないよって私もいつも通り笑いかければいいのに、胸の奥につかえた何かが邪魔をしてそのまま押し黙ってしまった。

「ここからの眺め、僕も好きなんだ」

何も答えない私を特に気にしない様子で、朔太郎さんは横に並んで街並みを見下ろしている。

「11階の最上階なんて不便かなって思ってたけど、この眺めを見てこの部屋に決めたんだ」

すっと目を細めて、朔太郎さんが呟く。
私から『一緒に暮らしませんか』なんて言って、半ば強引に一人暮らししていた朔太郎さんの家へ引っ越して始まった同棲。
転がり込んだ私を彼は優しく迎えてくれて、この部屋の中に丁寧に私の居場所を作ってくれた。
今ではすっかり馴染んだこの場所だけど、こうして一緒に暮らす前の部屋の話を聞けるのは何だか新鮮な気分だな。

その時、脳裏にふと朔太郎さんが以前、自身の書いた小説の最後と同じ道をこの部屋で辿るつもりだったと語った話を思い出して、自然と体が強張る。
色々なものに傷付けられて生きる事を諦めかけた朔太郎さんの当時の心境を思うと、ぎゅっと胸が締め付けられたように苦しくなる。
……大丈夫。朔太郎さんは今ここにいて、私と一緒に生きてるんだから。
朔太郎さんの存在を確かめるように、気付けば私は彼の腕を強く抱きしめていた。

朝と夜が交じる淡い気配の中、冷気が肺を満たし内側からも熱を奪っていく。
肌寒いけれど、その分だけほのかに感じる朔太郎さんのぬくもりが心地いい。
そのまま彼の指に私の指を絡ませて遊ばせていると、頭上からくすりと笑う声が聞こえた。

「さ、いくら眺めがいいと言っても朝は冷えるからね。そろそろ部屋に戻ろうか。ココアでも入れて……」
「あのね、赤ちゃんが出来たの」
「へっ…あか…ちゃ…ん…⁉」

空の端がにじむように明るく広がり出して、朔太郎さんの顔を輝かせる。
私の突然の告白に、彼は目を丸くしてまじまじとこちらを見つめている。
どう反応していいか困ってるのかな……。
喜びなのか戸惑いなのか、小刻みに震えながら私を凝視したまま動かない朔太郎さんからそっと離れて様子を伺ってみる。

「け……」

やがてぽつりと一言だけ発した言葉に、意味が分からなくて思わず首を傾げた。

「け?」
「結婚しよう!!」
「わっ⁉」

いきなり私の両肩を掴んで力強く叫ばれ、言葉の意味を理解するよりも前に、まずその声に驚いて今度はこっちが固まってしまった。
び、びっくりした……。朔太郎さん、こんな大きな声出せるんだ……。

「いや、でもその前に君のご両親にきちんと挨拶に行かなくちゃな……確か、ご両親は地方在住だよね?」
「う、うん。そうだけど……」
「しまった。君は身重の体だから遠出は避けた方がいいかな……でも、挨拶しないわけにはいかないし……」
「あの、朔太郎さん……」
「それより体! 体は大丈夫なの⁉ 女性は妊娠したらつわりがあるって聞いたけど、つわりで気持ち悪いとか体調に変化はあったりしない? ああ、なんてことだ。妊娠中の女性がこんな寒い中に長時間いたらダメじゃないか! 体を冷やして風邪でも引いたら大変だよ。早く部屋に入らなきゃ……何なら今日この後すぐ病院に行ってみてもらって……」
「朔太郎さん !」
「あ、ああ……ごめん……その……君の気持ちを聞く前に先走っちゃって、悪かったね……」

そう言って、しゅん……とした様子で力なく下を向く朔太郎さんがたまらなく愛おしくて、そのまま彼の胸に飛び込んだ。

「ううん、私の体のこと心配してくれてありがとう。結婚しようって言ってくれてすごく嬉しいよ……」

彼の匂いを思いっきり吸い込みながら、甘えるように顔を摺り寄せる。
心の奥からこみ上げてくる温かい感情をぐっと堪えて、朔太郎さんに向き直った。

「ふつつかものですが、これからも……ずっと末永くよろしくお願いします」
「ッ……!」

軽くおじぎをして朔太郎さんを見上げれば、彼の目尻から一筋の雫が零れ落ちていた。
はらはらと瞳から何度も零れ落ちて頬を濡らすそれは、朝日を浴びて光の粒みたいにキラキラ輝いてみえる。

「僕のそばで……これからもずっと一緒に生きてくれるんだね。嬉しいよ、とても…嬉し過ぎて…駄目だ、涙が止まらなくて…」

朔太郎さんは、よく泣くようになった気がする。
出会った頃は身長も高くてがっしりした体格もあってか、頼りがいのあるしっかりした大人の男の人って感じで、紳士的なその雰囲気に惹かれたりもした。

けど一緒に暮らすようになって、意外におっちょこちょいだったりお茶目なところとか、彼の新しい一面を知っていく内に今では受ける印象は大分違う。

頼りがいがあって私なんかより全然大人でしっかりしてるのは変わらないんだけど……何だろう、可愛いなって思う事が多くなった。
今もまた泣き虫な所も可愛いなんて言ったら、朔太郎さんは困っちゃうかな。
そんな彼に笑いかけながら目元の涙を指で拭うと、そのまま手を掴まれてそっと抱き寄せられた。

「今まで不安だったよね? 妊娠した事をいつ僕に言おうか悩んで……。最近、少し元気がない様子だったから心配してたんだ。でも安心して。君の不安も悩みも全部、僕も受け止めて一緒に考えるから。それが夫婦だと僕は思う」

「うん…ありがと…朔太郎さん……」

どうしてこの人は私の欲しかった言葉を言ってくれるんだろう。

どうしてこの人はこんなにも優しいんだろう。

きっと自分が負った心の痛みがあるからこそ、人の心の機微にも敏感で感じ取りやすいんだろう。

我慢しようと思っていたけどもう限界だった。
一度溢れ出した涙は止まることなく流れ続け、嗚咽に変わる。

朝日に照らされ動き出す街を背に、肩を震わせ泣く私を朔太郎さんはただ静かに抱きしめている。

どうか、まだもう少しこのままで。
全てを受け入れてくれるあなたの優しさに、今はただ震えていたい。